1.今回公表された資料について
令和7年11月13日(木)に開催された、政府税制調査会
「第4回 経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合」 において、
国税庁から 「財産評価を巡る諸問題」 という資料が提出されました。
この資料では、相続税の世界で以前から問題になっている
- 貸付用不動産(賃貸マンション・アパート等)
- 不動産小口化商品(不動産を信託等で細かく分けて販売する商品)
について、取得価額(実際に支払った価格)と相続税評価額の差(かい離) が非常に大きくなるケースを、具体的な事例を交えながら整理しています。
2.資料が指摘する主な問題点
(1) 相続税対策スキームの多様化と「かい離」の拡大
資料では、例えば次のようなスキームが紹介されています。
- 相続開始直前に、銀行から多額の借入れをして賃貸マンションを購入するケース
- 不動産会社等から、貸付用不動産を高値でまとめて購入するケース
- 不動産小口化商品(信託受益権)を購入し、それを子や孫に贈与するケース など
これらのケースでは、
取得価額に比べて相続税評価額が極端に低くなり「かい離(圧縮額)」が 3倍〜5倍 に達する事例
が多数生じていることが示されています。
(2) 評価通達6項による個別対応の限界
こうしたスキームに対しては、これまでも
「財産評価基本通達6項」(通常の評価方法で著しく不適当になる場合の評価)
を使って個別に是正(更正・追徴課税)してきた経緯があります。
しかし資料の中では、
- どのケースで6項が適用されるかが分かりにくい
- 納税者にとって予見可能性が低い
- 評価方法の考え方を、もっと明確にすべきではないか
といった、各種団体や実務家からの指摘・要望も紹介されています。
(3) 相続税対策の「その後」に生じる問題
さらに資料では、相続税対策として貸付用不動産等を購入した結果、
- 借入金の返済負担が重く、生活が苦しくなる
- 賃貸の稼働率悪化などにより、当初見込んでいた家賃収入が得られない
- 固定資産税等の負担が重く、手元にお金が残らない
といった、相続人側の負担・トラブルが実際に発生している状況も指摘されています。
3.不動産小口化商品の具体例
資料の中で特に目を引くのが、不動産小口化商品(信託受益権)の贈与事例です。
- 贈与者が、不動産小口化商品を 3,000万円(市場価格)で購入
- その信託受益権を子や孫に贈与する際、路線価等に基づく評価で 480万円と評価
- 結果として、取得価額と評価額の差(圧縮額)が 2,520万円 に達する
といった例が紹介されており、別スライドでは同様のスキームを用いた複数のケースが一覧で示されています。
このように、取得価額の約1/6まで評価額が下がる ことにより、贈与税額も大幅に軽減されている実態が、具体的な数字で示されています。
4.税理士・林昇平の個人的見解
ここからは、相続専門税理士としての私の考えです。
(1) 次の税制改正で「不動産小口化商品の評価」にメスが入る可能性
今回の国税庁資料は、あくまで「現状と課題の整理」にとどまっていますが、
- 貸付用不動産
- 不動産小口化商品
について、市場価格と相続税評価額のかい離が大きい具体例 が多数示されていることから、
次の税制改正(令和8年度税制改正以降)で、
不動産小口化商品や一部貸付用不動産の評価方法にメスが入る可能性がある
と個人的には強く感じています。
想定される方向性としては、
- 一定以上の「かい離」が生じる場合の評価ルールの新設
- 不動産小口化商品に固有の評価方法(通達の特則)の検討
- 通達6項に頼るのではなく、より明文化された基準による是正
などが考えられます。
(2) 「改正前の駆け込み営業」が活発化する可能性
仮に今後、評価が厳しくなる改正が行われると、不動産会社や金融機関などから
「改正前の今がチャンスです。駆け込みで相続税対策を!」
といった営業が活発化する可能性があります。
しかし、今回の資料が示すように、
- 相続税は下がっても、多額の借金と管理の手間が残る
- 賃貸の稼働率や金利動向によっては、毎年のキャッシュフローが赤字になる
- 将来売却しようとしても、取得価額より大きく値下がりしている場合もある
など、出口戦略を考えない相続税対策は、かえってご家族の負担や争いの火種になる 危険性があります。
(3) 大切なのは「出口戦略」まで含めた総合的な検討
貸付用不動産や不動産小口化商品そのものが全て悪いわけではありません。
きちんとしたシミュレーションと出口戦略があれば、資産形成や承継の有力な選択肢になり得ます。
重要なのは、
- 相続税だけでなく、所得税・住民税・固定資産税・借入金返済 などを含めた
「総合的な収支・リスク」を確認すること - 将来の売却時期・売却先・想定価格など、出口戦略をあらかじめ描いておくこと
- 「節税になるから」といった営業トークだけで即決しないこと
だと考えています。
5.不動産小口化商品・貸付用不動産の相続税対策を検討中の方へ
- すでに不動産小口化商品を購入済みの方
- 不動産会社や金融機関から、貸付用不動産を利用した相続税対策の提案を受けている方
- ご両親の相続を見据えて、不動産を使った相続税対策を検討中の方
は、今後の税制改正の動きも踏まえて、一度専門家にご相談いただくことをおすすめします。
当事務所では、
- 貸付用不動産・不動産小口化商品を用いた相続税対策の妥当性チェック
- 将来の売却や借入金返済まで見据えた 出口戦略の検討
- 親世代・子世代双方の立場に立った 相続税シミュレーション
などを行っています。
オンライン面談や、平日夜・土日祝のご相談にも対応しております。
「うちのケースはどうだろう?」と思われた方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。
出典の明示
本記事は、次の公表資料をもとに林昇平税理士事務所が独自に要約・解説したものです。
出典:
政府税制調査会
「第4回 経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合(2025年11月13日)
資料3『財産評価を巡る諸問題』」(内閣府ホームページ)
[PDFはこちら]
https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/7digital-noukan4kai3.pdfなお、本件に関する税制改正の動向については、新たな情報が公表され次第、当事務所ホームページ等で随時お知らせしていきます。